PdM(プロダクトマネージャー)という肩書きが存在しない本田技研工業株式会社(以下、Honda)に、プロダクトの方向性を自ら定義し、実現に導く人がいるという。設計者が企画から出荷まで一貫して責任を負う文化と、役割を超えて動くことを評価する風土が、その原動力だ。SDVやフィジカルAIで大きな転換期を迎える今、Hondaが培ってきたこの企業文化はどんな可能性を秘めているのか。HondaでSDV事業開発をリードする横田 裕二、三戸 翔太と、PdMとして多くの現場を経験してきたNewbee代表の蜂須賀 大貴氏が語り合った。

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「出荷してからが本番」自動車開発に起きているパラダイムシフト
PdMという職種が当たり前に存在するWeb業界に対し、Hondaにはその肩書きを持つ人がいない。それでもHondaのクルマづくりには、プロダクトマネジメントと重なる動き方が根づいている。SDVやフィジカルAIへの転換が進む中、こうした企業文化はどう活きるのか。まずは、クルマづくりの現場で今、何が変わっているのかを聞いた。
――今、自動車開発の現場で起きている変化を教えてください。

従来の自動車開発は、クルマを世に送り出すのがゴールでした。もちろん市場調査やドライバーの皆さんの声を集める仕組みはありましたが、実際にどの機能をどう使っているのかは、正直なところ、ほとんど分かっていなかったんです。


そもそもクルマがインターネットに常時つながるようになったのが2020年頃からで、それ以前はデータを吸い上げる仕組み自体がなかったんです。それまでは販売実績を見て、数年かけて次のモデルや改良に反映するというサイクルでした。ソフトウェアの世界ではリリースした翌日に成否が分かりますよね。そんな世界に、クルマの開発もようやく近づき始めたところです。


データの重要性は、開発者の間でも認識され始めています。ただ、取得したデータを何に使うのか、欲しいデータが取れているのかといった設計がまだ追いついていないし、意思決定にデータが使われることは少ないです。もう少し時間はかかると思うのですが、それでもクルマの開発者が「データで判断したい」と言い始めたこと自体、大きなパラダイムシフトです。

MicrosoftやAdobeがたどった変化に似ていますね。両者とも、かつては何年もかけて開発したものをパッケージで売り切るモデルでした。それが今はオンラインで継続的にアップデートし、ユーザーの反応を見ながら改善し続ける形に変わっている。クルマもその転換点にあるんですね。

おっしゃる通りで、私たちが目指しているSDV(Software Defined Vehicle)は、まさにその考え方です。クルマのハードウェアとソフトウェアを切り離し、購入から何年経っても、ソフトウェアの更新で機能がどんどん新しくなる。出荷した瞬間がゴールではなく、出荷してからが本番という世界です。

「運用フェーズでこそ価値を出す」、という発想ですね。

その通りです。もちろん安全に関わる部分は従来通り万全を期しますが、UIや機能の使い勝手といった領域では「あとで直せるから、まずは出してみよう」という判断ができるようになりつつあります。そのスピード感と心理的障壁の低さが、自動車開発の在り方そのものを変え始めています。

まさに私たちはいま、“第二の創業”と呼べるくらいの大きな転換点に立っていると思います。
PdMとは何者か 泥臭く、貪欲に、事業成果を残す全方位プレイヤー
――そもそもWeb業界において、PdMとは何をする人なのでしょうか?

一言で表すなら、「どんなやり方をしてでも、事業成果を残す人」です。社内にデザイナーがいなければデザインもやるし、セキュリティ担当者がいなければセキュリティチェックシートも見る。成果につながることを最短距離で、自分が旗を振りながらやっていく人だと思っています。


実際、私が前職のPIVOTにいた頃は、プロダクトのアップデートを自分のSNSアカウントから発信し、お客さまからの問い合わせにも自分の名前で回答していました。PdMの仕事なのか分からないこともありましたが、「事業を伸ばす」という意味では、すべてプロダクトマネージャーの仕事だったと思います。
よくプロジェクトマネージャーとの違いを聞かれるのですが、大きな違いは「終わりがあるかどうか」です。プロジェクトマネージャーは、決められた期間内に仕事を完遂させるのが大きな役割です。一方PdMは、リリースして終わりではなく、プロダクトを育て続けることに責任を持ちます。両者はベン図のように重なる部分がありつつ、それぞれ固有の専門性を発揮します。

Hondaの場合、その両方を1人が担っている場面が多いかもしれません。Hondaには「設計者が仕様を決める」という文化があり、設計者が企画から出荷まで一貫して責任を持つんです。

まさにそれが、私のイメージするPdMの姿に近いです。「製品責任者」を直訳したら「Product Manager」ですし、自分の守備範囲を超えてでもプロダクトに責任を持つという点では、ミニCEOと言ってもいい。経営の数字を理解する、開発にボトルネックがあれば手を入れる、セールスのパイプラインに問題があればそこにも踏み込む。PdMはCEO並みの視野と権限を持つべきだというのが私の考えです。
もちろん反対意見もあって、「専門的な判断は専門家に任せるべきだ」「一人に頼りすぎるとその人がいなくなったときに回らなくなる」というリスクは指摘されます。ただ、スタートアップだろうが大企業だろうが、伝説的な成果を残す人は名前が残っていく。その存在が組織を動かす力になるのは間違いないと思っています。
「神様」と呼ばれるLPL Hondaに宿るプロダクトマネジメントのDNA

蜂須賀さんの話を聞いて、Hondaの開発文化は、PdM的なものを内包しているなと感じました。Hondaでは、カテゴリーごとに商品の責任を持つ部門があり、コストやデリバリー、提供価値まですべて管轄しています。
その中で図面を描く設計者が、仕様に対して最後まで責任を持つ。図面通りに納入されなければサプライヤーと交渉するし、自分の仕様に問題があれば工場まで出向いて直す。設計者が責任を手放さない文化が、PdM的な動き方の土台になっていると思います。


さらに各車種の開発を束ねる存在として、HondaにはLPL(Large Project Leader)という役割があります。社内では「神様」のようにリスペクトされていて、「このクルマはこうあるべきだ」と強いビジョンを示す存在です。
開発者はその意思を受けて形にしていくわけですが、このLPLがアコードにも、シビックにも、N-BOXにもいる。Hondaには神様がたくさんいるんです(笑)

ただ、LPLも最初から神様だったわけではありません。現場で下積みをして、ある領域のプロジェクトリーダーを経験し、商品全体を束ねるアシスタントプロジェクトリーダーを経て、ようやくLPLになる。そのプロセスを経ているからこそ勘所が分かり、営業や製造にも口を出せる。だからこそ、プロダクト全体をマネジメントできるんだと思います。

Hondaでは、「LPL伝説」とでも呼ぶべき逸話が脈々と受け継がれているんです。例えば、初代オデッセイ。経営が厳しかった時期に、LPLが構想から開発まで一貫して責任を持ってやりきり、大ヒットを生み出した。あの1台が会社を救ったと言っても過言ではありません。
そういう伝説が社内で語り継がれているからこそ、LPLは単なる役職ではなく、エンジニアにとって憧れのキャリアになっているんです。


「あのLPLはすごい」とロールモデルになり、その存在感や熱量に魅せられて、自分もああなりたいと追いかけ始める。その連鎖が組織やプロダクトを強くしていくんだと思います。AI時代になっても、結局最後は「人」なんですよね。

Hondaは、事業戦略で成功してきたというより、優れた商品と技術が事業を動かしてきた会社なんです。お客様にとって本質的な価値を届ければ、市場は必ず評価してくれるという信念がベースにある。歴代の社長も全員エンジニア出身で、これは創業者の本田宗一郎から続くDNAですね。

その構造は、シリコンバレーにすごく近いと思います。今のビッグテックの経営者にプロダクトマネージャー出身が多いのは、まさに同じ流れがあるからです。LPLというキャリアパスの中に、その構造が組み込まれているのは、Hondaならではの強みですね。


ただ一方で、従来のLPLには限界もあります。LPLは車種ごとの存在なので、クルマを世に送り出したらチームは解散し、LPLの任も解かれる。リリース後もプロダクトを磨き続ける体制にはなっていないんです。各担当者も、このクルマのこの機能という範囲で仕事をしているので、車種をまたいだ視点は持ちにくい。

だからこそ私たちが今取り組んでいるのは、車種を横断してソフトウェアを共通化し、プロダクトを磨き続ける組織を作ることです。そこまでいって初めて、本当の意味でのプロダクトマネジメントがHondaに根づくのだと思っています。
役割を超えて動く力「リーチングアウト」という評価基準

ここまでの話を聞いていると、HondaにはPdM的な動き方を育てる文化が確かにありますね。ただ、目の前の開発に責任を持つことと、プロダクトや事業全体を見渡すこととでは、別の筋肉を使うはずです。お二人はどうやってその切り替えができたのでしょうか?


私はもともとエンジニアで、担当している機能や部品の仕様を提案する立場でした。技術的にはいいものを出しているつもりなのに、コストが上がるという理由で採用されない。自分の担当領域だけを見れば最優先だと思える提案でも、事業全体で見ると優先順位が低いんです。そのもどかしさの中で、部品ではなくサービスや事業という単位で考えなければ、自分の提案は永遠に届かないと気づいたのが転機でした。

私も同じです。ある機能に対して「絶対こっちのほうがいい」と思うのに、採用されない。でも今振り返ると、コストがかかりすぎるし、もっと優先すべきことがあった。あの頃は自分の担当範囲しか見えていなかったんですね。部品の視点からプロダクトへ、プロダクトから事業へ、事業から経営へ。階段を一段ずつ上がるように、少しずつ視野が広がっていきました。

お二人は自力で変わっていったわけですが、同じ環境にいても、変われる人と変われない人がいますよね。その違いは何だと思いますか?

外部の人と関われるかどうかが大きいと思います。社内で技術だけに向き合っていると、どうしても視野がそこに閉じてしまう。外に出てさまざまな業界の人と関わると、同じ課題でもまったく違うアプローチがあることに気づくんです。

私もソニーさんとのコラボがきっかけでした。ソニーさんのエンジニアが、自分のプロダクトを本当に嬉しそうに、わが子のように説明してくれたんです。その姿を見て純粋に「いいな」と思いました。そう思って外の世界を見渡したら、プロダクトマネジメントという概念に出会い、これを学ぶべきだと。マインドチェンジしようと意識したわけではなく、気づいたら変わっていたという感覚です。


その変化を個人の意志だけでなく、組織として後押しする仕組みはあるんですか?

あります。Hondaでは「リーチングアウト」と呼んでいるのですが、自分の役割を超えて動くことが、人事評価の基準に明確に組み込まれているんです。半期ごとに自分の実績を書く際に、どれだけリーチングアウトしたかを記載する欄があり、評価者もそこをしっかり見る。本人が書かなくても、上司が「あの場面はリーチングアウトだったな」と拾ってくれることもあります。
さらに言えば、最初からリーチングアウトしなければ達成できないミッションを、あえて渡すこともある。するとやはり伸びるんです。僕自身もこれまでそうやって育ててもらったと思っています。

Hondaで活躍する人は、決められた範囲できっちり仕事をする人よりも、どんどんはみ出していく人です。その文化が「リーチングアウト」という言葉で言語化され、評価に反映されている。PdMという職種がなくても、PdM的な動き方が自然と生まれてくる理由は、ここにあるのかもしれません。
PdM的キャリアを歩む場としてのHonda フィジカルAIのど真ん中へ
――Web業界のPdMから見て、HondaでPdM的キャリアを築く魅力はどこにあると感じましたか?

プロダクトマネージャーが憧れの職種として根づいている環境と、社会に対するインパクトの大きさ。この二つが掛け算で成り立つ会社は、日本にはまだ少ないと思います。プロダクトマネジメントが浸透しているけれど、まだ少人数のスタートアップという会社はたくさんあります。
逆に、社会的インパクトは大きいけれどプロダクトマネジメントって何ですかという会社もたくさんあります。両方が揃っている場は、そうそうありません。

その土壌を活かして、もっとやれることがあると思っています。Hondaにはクルマ以外にも、メンテナンスやディーラーでの体験、保険といった顧客接点がたくさんあります。クルマを単なるハードウェアではなく、購入から保有、乗り換えまで続く体験の連続として捉え、その全体を一つのプロダクトとして設計・改善していきたいんです。
加えて、AIや自動運転といったコア技術を、ソフトウェアとハードウェアの両面から開発できるのもHondaならでは。フィジカルAIのど真ん中にいるからこそ、チャレンジしていきたいです。


フィジカルAIは今、政府も推進しているど真ん中のテーマですね。クルマは単なるハードウェアではなく、移動という社会インフラそのものです。そこにプロダクトマネジメントの力が求められていて、それを実践できる環境がすでにある。PdM的なキャリアを志す人にとって、Hondaは今一番面白い場所の一つだと思います。
そして、お二人にやってほしいのは、自分の考えをひたすら語ることです。「こういう思いでやっている」「こんなきっかけで視点が変わった」、そういう話を各拠点で伝えていけば、火がつく人はたくさんいると思います。

それはぜひやりたいです。無理に「自分たちを変えよう」と構えなくても、Hondaが持っている素の良さを、プロダクトマネジメントの方向に伸ばしていけばいい。それが今日一番の学びです。

※記載内容は2026年2月時点のものです


